無礼講ですかぁ?

今日は医師会の「ファミリーコンサート」に行ってきました。
会員の先生方と家族が、歌ったり演奏したりの発表会を年1回やっているんです。

こう言うとナンですが、素人の演奏会なのでとってもユルいです。
しかし今年はあんまりにも、でした。
何がかというのを書きます。

遅れて着いたら演奏がもう始まっていましたが、客席の扉が開いてあって出入り自由でした。
入場して後ろに立っていたら、前を横切ってウロウロする奴がいます。
おいこらジジイ!他人の前を通るのに身をかがめたり会釈も出来んとは、もうボケてんのか?!
イラッとしたけど、客席はそれどころじゃありませんでした。

アカンボがえっえっと声を上げ、近くでチュウチュウ音がすると思ったらクソガキいやお子ちゃまがジュース飲んでます。
お次は端に座ってる私の前を通って、演奏中に親子連れが着席して、また席を立って、またまた戻ってきました。
1組の出演者たかだか10分ぐらいの間に、1往復半です。
出演者の入れ替わりを待つってアイデアを検討してはもらえんか? いやそもそも1往復半は何のため? まさか嫌がらせ? 被害妄想しそうになりました。

クラシックのコンサートというと、咳して音を立てたら大変、そう思うと余計に咳したくなる、みたいなイメージがあります。
元は王侯貴族の食卓に楽士が侍ってBGMを奏でてただけでしょ? 何で今の私たちはかしこまって演奏を拝聴せねばならんのか、恥ずかしながら今までそんな風に思っていました。
今日になってクラシックのコンサートにおいてお約束が存在する意義を、実感しました。

かといって私はただ聴きに行っただけなので発言権がありません。
でも来年以降、自分が行くか行かないかを決める権利はあります。
せめて客席への入場は中学生以上限定でなかったら、聴きたいのだけピンポイントで入場してあとは避難してようっと、固く誓いながら帰ってきました。

人生なにごとも勉強。この年でクラシックのコンサートになんで決まりがあるか、初めて知った。
ちゃんちゃん。

戦時の徴用船

久々の王様の耳はロバの・・・書くことが思い浮かばなかったのは、やはり夏で暑かったからでしょうか。涼しくなって、やっと再開する気になりました。
しかし内容は(相変わらず)暑苦しいです・・・苦手な方はスルーしてください。

今朝(こんな内容を公開していいか迷ってる間に先週に)の日経朝刊44面・・・読みながら思うのは、やっぱりスティグリッツが言ったんでしたっけ、「産官軍複合体」の御用新聞だよなーって。と同時に、記事を書く人が全員同じ考えってこともないだろうから、こういう記事に主張をこめるのかなーって。

「太平洋戦争では商船や漁船、官公庁船などが軍に徴用され、激戦地や戦地への往復航海の任務で7200隻もが戦没していった。遭難者は6万人を超える。」
「開戦後、国内の商船は戦時海運管理令によって一元管理され、小型の漁船や機帆船の多くが軍に徴用された。大型船は主に輸送業務を、小型船も局地輸送や「人間レーダー」として監視任務などに当たった。民間船はほぼ無防備なため、敵に見つかれば撃沈される。船員の戦死率は4割を超え、約3割とされる軍人を上回った。」

ぎえー! こんな目にあうのは、まっぴら! 自分や家族が犠牲になって、他の日本人を助ける? そういう助け合いって、果たして成立するのか? かつて成立したのか? 成立したことあるのか? そこら辺への信頼感は、私はとても薄いです。
他の日本人の中の、一部の者に利用されるだけじゃないのか? どちらかというと、こう思っています。戦争に至るいろんな決定が日本人全体のためでなく、私利私欲に基づいていたのを示す資料が、続々と明らかになっていることですし。
そして・・・自分を犠牲にして戦死した人の家族が、戦中戦後に手厚く扱われたか? 男手が生きのびた家族よりも困らなかったか? 負けたから仕方ないよってことで戦後に困窮しなかったか?
今も日本人は社会全体で助け合っているのか? 良い目をみる者と割りを食わされる者、言い換えれば犠牲になる者と肥え太る者(マンイーター?)に2極化しているのではないかなあと思います。
だから結論、やっぱり戦争になっても日本人同士で絶対助け合いなんて成立しない。
徴用されるなんて嫌だ―、戦争なんて嫌だ―、「自衛」だろうと嫌だ―、日本を守るなんて他人に言う者は真っ先に前線に行け、南スーダンで1ヶ月ぐらい実習してこいって思いますねー。 続きを読む